高橋大輔。今さら説明するまでもない。
言わずと知れた、日本男子フィギュア界発展の立役者。

現在、日本と言わず世界中で開催される競技会やアイスショーの人気はすさまじく、チケットは入手困難。スケートリンクへ足を運ぶことが難しくなっている。
このフィギュアスケート人気は、高橋大輔なくして語れないであろう。

その高橋大輔が2018-2019年シーズン、現役復帰する。
目標は「全日本選手権出場」という。

このビッグニュースを聞いてからというもの、ドキドキ、ワクワクがとまらない。

高橋大輔はなぜ、どんな思いで競技会へ復帰するのか。
羽生結弦選手、宇野昌磨選手とどんな戦いをするのかを考えてみたい。

(ライター:marilyn)

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高橋大輔 現役復帰という決断はなぜ?

高橋大輔に“現役復帰”という決断をさせたもの、それは2017年の全日本選手権。
テレビの仕事でナビゲーターとして関わったことが引き金になったという。

「それぞれの立場、それぞれの目標を持って戦う選手たちの姿を見て感動し、この緊張感の中で戦いたい、滑りたいと思うようになりました」

「これまでは勝てないのであれば現役をやるべきではないと思っていたのですが、それぞれの思いの中で戦うというのもいいのではないかと思いました」

「4年の月日がかかりましたが、本当にスケートに向き合っていきたいと考えるようになりました。そのためにはもう一度自分自身のスケートを取り戻す必要がある。その答えが現役復帰でした」

「フィギュアスケートというものが自分の軸にないとダメだなと思ったことです」



2014年10月14日、一度は現役を退く。
引退後は、活躍の場を氷上から床の上に変えてのパフォーマンス『LOVE ON THE FLOOR』や、歌舞伎役者たちとのコラボレーション『氷艶』など、高橋大輔の真骨頂である“表現力”を見せる機会はあった。
どちらの試みも観客を引き込むすばらしい舞台で、引退後のライフワークになっていくのではないかと思っていた。

アイスショーでの高橋大輔も見てきた。
引退後も現役時代と変わらぬ美しいたたずまいに酔いしれた。
一方、少し頬がふっくらとした高橋大輔に、シャープさがなくなったなと悲しくなったことを覚えている。

現役引退を表明したあのとき。
心の中ですっきりしていなかったのだろう。

2014年2月のソチ五輪が終わった後、膝のけがで世界選手権を欠場、その後休養宣言、そして同年10月14日に引退を表明。
ファンにも自分自身にもすっきりとしたけじめをつけられずに氷上を去ってしまったことで、もやもやした気持ちが残ったに違いない。
アスリートとしての、戦う気持ちを残したままの引退。

これから先、自分がどのように生きていけばよいのか。
アイスショー、舞台、テレビの仕事、現役選手への演技指導。
この4年間に試みたことは、どれも高橋大輔の今にしっくりくるものではなかった。

このままでは先に進めない。
競技者としての高橋大輔を完成させるまでは終われない。
そう思ったに違いない。

高橋大輔 羽生、宇野とどう戦う?

4年間、競技から離れていたことは厳しい現実。
しかし、2018-2019年シーズンは大幅なルール改正が行われる。
高橋大輔にとっては新たな気持ちで競技に臨む良いきっかけになるのではないか。

4回転ジャンプは基礎点が下がり、転倒すれば大幅な減点となる一方で、スピンやステップの評価が細分化されることは、高橋大輔にとっては喜ばしいことではないだろうか。

2008-2009年シーズン、右足膝の前十字靭帯と半月板を損傷してからは4回転ジャンプの着氷がクリーンに決まらなくなっている。
しかしこの4年間、無理に4回転ジャンプは跳んでいないであろうし、「現役後半よりも今の方が調子は良い」と頼もしい言葉を口にしている高橋大輔。

3回転半アクセルは跳べるようになっているといい、「4回転ジャンプは2種類を跳びたい」と意欲を見せている。
4回転を跳べるようになれば持ち前の“世界最高のステップ”がいっそう輝きを増し、羽生選手や宇野選手を慌てさせることが出来るかもしれない。
4年間のブランクは想像以上に厳しいと思われるが、出来るかもしれない。
そうあってほしい。

高橋大輔のビジョンは?

「自分のためだけにフィギュアスケートに取り組みたい」という高橋大輔。
とは言ってもいざとなれば勝ちたくなるのが高橋大輔であろう。

「羽生選手、宇野選手に勝てる気はしない。でももし自信がついたら食らいついていきたい」

「全日本選手権の最終グループに入って、6分間練習をしたい」

「2022年の北京五輪までは考えていないです。無理ですね。いや、わからないけれど」


2022年、高橋大輔は36歳。現実的には北京五輪出場は無理であろう。
しかし、五輪を軸に4年ひと区切りで考える選手は多いし、高橋大輔も然り。
「いや、わからないけれど。」という言葉に、北京五輪出場を果たした高橋大輔の姿を夢見てしまうことはいけないことだろうか。

まとめ

2014年10月14日、高橋大輔が競技会から姿を消してもなお、考えるときがある。
目の前で演じる選手たちを見ながら、「この演目で、高橋大輔だったらどのように音を紡ぐのだろう。どんな色に氷上を染めるのだろう」と。

氷を離れると、小さな声で自信がなさそうに話す。
しかし、ひとたび氷に降り立つと、眼光鋭く濡れたようなまなざしはひときわキラキラと輝き、ただそこにたたずむだけで、観る人すべての心を鷲づかみにする。

少しうつむいただけで憂いを感じさせ、少し首をそらしただけで色香を醸し出す。
指先、髪の先、睫毛に至るまで、一つひとつに余韻を残していく。
身体から音が奏でられるような、華麗なステップ。

いつも、いつまでも見ていたい。
競技者としての高橋大輔を見ていたい。
4年の時を経てその願いが叶うとは。

人間には、受け入れたくなくても受け入れなくてはならない現実がある。
受験の失敗、就職や転職で自分の希望が叶わない時、才能に見切りをつけなくてはならない時、そしてサラリーマンが定年を迎える時。

人生には、自ら選べることと選べないことがある。
選んだ道ならば傷ついても悔いはない。
好きな道ならとことん頑張れる。

人生は一度きり。
自分だけのために生きる瞬間があることを、高橋大輔は後輩たちに、そして私たちに身を持って教えてくれるに違いない。

1年限りなどといわず、あともう少し私たちに“絶対的な表現者 高橋大輔”を見せてほしい。
長光歌子コーチと並んでキスアンドクライに座る高橋大輔が今から楽しみだ。

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