スポーツ フィギュアスケート

高橋大輔の過去から現在!彼の歩んだスケート人生を振り返る

[本日] 1 views [累計] 98 views



いよいよ2017年フィギュアスケートのシーズンが始まりましたね。
そして年が変われば平昌オリンピック!
ワクワクします。

そんな平昌オリンピックに是非とも関わって欲しい方を紹介します。
『髙橋大輔』さんです。

2014年ソチオリンピック後引退を決意し、その後スケートを離れアメリカへ留学。
そして再び動き出した『髙橋大輔』さんの事、彼の活躍を紹介します。

(ライター: Sachi)

Sponsored Link

髙橋大輔さんのプロフィール

髙橋大輔さんは、1986年3月16日、岡山県倉敷市で4人兄弟の末っ子として生まれます。

スケートを始めたのは8歳の時。
兄達は少林寺をしていて表彰状を貰えるぐらい強かったようです。

髙橋大輔さんもそんな兄達のように表彰状が欲しかったのですが、少林寺に始まりいくつかのスポーツをしてみたものの、長続きをしなかったそうです。

そんな時、自宅近くにスケートリンク(ウェルサンピア倉敷)がオープンします。そしてアイスホッケーの練習を見学に行ったのですが、隣でしていたフィギュアスケートの練習の方に「楽しそう」と心が惹かれてしまったようです。

髙橋大輔さんを応援して注目をしていると、このエピソードには「なるほど!」と思う“髙橋大輔さん”らしさが溢れるお話しだなと思いました(笑)


髙橋大輔さんの簡単な戦績とスケート人生を紹介!

髙橋大輔さんは8歳からスケートを始めますが、長光歌子先生に師事を仰ぐようになったのは中学2年生の時からです。

初めての国際試合は1999年、「トリグラフトロフィー」にノービス部門で出場し、見事1位を獲得しています。

そして、2002年に初めて出た世界ジュニア選手権では優勝をしています。これは日本人で初めてであると共に、アジア人としてでも初めてのようです。

その後シニアに上がりますが、しばらくは思うように成績が出なかったみたいですね。

そして、2005年からニコライ・モロゾフ氏にも師事を受けるようになると転機が訪れ、結果が出せるようになります。


トリノオリンピックでは惜しくも8位入賞という結果で終わってしまいますが、間近で荒川静香さんの金メダルを見たことで火がつきます。
「次のオリンピックでは自分が表彰台の真ん中に立つ!」と目標を定めると、翌シーズンから次々と快挙を成し遂げていきます。

2006年〜2007年のシーズンは世界選手権が東京で開催され、日本人男子初の銀メダルを獲得します。

また、翌シーズンの四大陸選手権では、
SP「白鳥の湖〜ヒップホップバージョン〜」
FS「ロミオとジュリエット」

をほぼ完璧に滑りきり、当時の世界最高得点を出します!

しかし、3年でモロゾフ氏との師弟関係を解消するに至り、その後2008年の10月練習中に右膝前十字靱帯断裂・半月板損傷という大怪我にみまわれます。


それでも、過酷なリハビリを乗り越え、見事翌シーズンに復帰を果たします。

全日本選手では優勝をし、バンクーバー五輪の代表選手となります。

結果は見事、日本人男子初の銅メダルを獲得し、更にトリノで行われた世界選手権ではやはり日本人男子初の金メダルを獲得します。

このシーズンは、
SPは宮本賢二さん振付の「eye」
FSはパスカーレ・カメレンゴさん振付の「道」

は有名なところですよね。

この他にも髙橋大輔さんは2012年〜2013年シーズンのグランプリファイルでやはり日本人男子初の金メダルを獲得することが出来ました。

また、フィギュアスケートでは3回もオリンピックへ出場している選手はいませんし、まして出場大会全て入賞している選手もいません。


髙橋大輔さんはソチオリンピックを最後にし、2014年10月14日引退を表明します。

日本人男子スケーターとしては28歳で引退というのは過去最長記録です。引退までのの間にこれ程の結果を次々と残し、10年近くトップスケーターとして活躍されていた選手はそういないのではないでしょうか。



髙橋大輔さんの引退会見について

では、髙橋大輔さんが引退を決意したのはどうしてなのでしょうか?

当時の引退会見の髙橋大輔さんの言葉を私なりにまとめてみました。

ソチ五輪で一つの区切りとはしていたが世界選手権に選ばれた場合はそこまでは出場しようと思っていた。

しかし、ソチ五輪後ケガの状態が思ったより良くなく、世界選手権を棄権しなくてはいけなくなった。

結果的にソチ五輪が最後の演技となってしまい、ソチ五輪での演技も結果も満足のいくものではなく、気持ちの上でもすっきりとしていなかった。

また、今まで応援してくださった方々やファンの方々に「自分は引退します。」と公言した中で最後の演技を出来なかったことが申し訳なく思って、その点を後悔している。

しかし、アイスショーなど忙しかった生活が落ちついてくると「引退」という気持ちが大きくなってしまった。
性格的なところから次に進んでいくことやその準備をする時、気持ちを残しておくと進めないと思ったので、「引退」を決意した。

当初は1年かけてゆっくり考えて言おうと思っていたが、これからシニアの試合が始まっていくのでその前にいっておこうとも思った。

そして「引退」の理由としては、どうしても次の五輪を考え4年を意識してしまう。
そうするとモチベーションを含め、次また頑張れるか?出来るか?と考えると、今の自分には不可能だなと感じた。


というような内容のことを引退会見で述べています。

髙橋大輔さんの引退会見を改めて見てみると大ちゃんらしさいっぱいです。特に、引退を発表する時期にまで配慮をするところなんて、どれだけ周りのことを考え配慮しているのだろうと思いました。

この配慮なんですが、次のような背景からなんだろうなと思えるエピソードがあります。

髙橋大輔さんのお母さんが務めている理容店のお姉さんで英子さんという方がいます。その英子さんから髙橋大輔さんは礼儀や作法を教えられ、そしてスケートの世界では
「気配りが出来て当然。周りに気を配りなさい。」とよく注意されていたらしいのです。

また、長光歌子先生に出会った当初から教えれたのはスケートではなくマナーについてらしいです。
とにかく
「レディーファースト。重い荷物は男が持つ。スケート靴は必ず自分で持つ。」
など、いくら小さくても紳士に振るわなくてはならないらしい。

だからなのでしょうか?
この発言のように気配りが出来ているし、随所で紳士的だなと思えることが多々あります。

引退会見からも髙橋大輔さんのいろいろな良いところが見えてきます。


髙橋大輔さんの現在の活躍ぶりは?

では、今はどんな活動をしているのでしょうか。

引退をした翌年は8カ月程アメリカ・ニューヨークへ語学等の留学をしていました。

しかし、留学中これといった目標もなく、ぐうたらな生活を送ってしまい、「これじゃダメになる」と気付いて帰国したそうです。
「スケートから少し逃げていたのかもしれません。」とも言っていました。


帰国後はアイスショーやテレビ等で活躍をしています。

今は出来ることはなんでも色々と引き受けてお仕事をさせて頂きながら、次の目標を探しているところだそうです。

具体的には、2016年4月より「NEWS ZERO」で、「月イチ」でキャスターを務めています。
毎月一度という出演ではありますが、番組内ではエンターテイメントの裏側を取材し、それを紹介をしていく髙橋大輔さんを見ることができます。

リオ五輪では野村忠宏さん、小谷実可子さんと共にオリンピアンキャスターを務めていました。


また「嵐にしやがれ」「A-Studio」「炎の体育会TV」等といったバラエティー番組にも多数出演しています。

そして、ファンが何よりも待ち望んでいるのが“アイスショー”!
「フレンズ オン アイス」
「アート オン アイス」
「カーニバル オン アイス」
等に出演しています。

また今年の5月には、歌舞伎とフィギュアスケートとがコラボレーションした
アイスショー「氷艶hyoen2017―婆娑羅―」
に出演していました。

アイスショー以外にも
「LOVE ON THE FLOOR 2017」
というダンスショーにシェリル・バーグさんとのW主演として出演していました。


今現在、髙橋大輔さんが出演予定のアイスショーは
『クリスマス オン アイス 2017』
があります。
12月15日(金)〜12月17日(日)に新横浜スケートセンターで開催されるようです。


髙橋大輔さんについてのまとめと感想

私が髙橋大輔さんを知ったのはトリノオリンピック後です。

私は髙橋大輔さんを知るまでは、男子スケートはジャンプがどれだけ跳べてダイナミックに見えるか等といった見方しかしていませんでした。だから、あまり面白みを感じられず、そんなに注目をしていませんでした。
トリノ五輪も男子は結果ぐらいしか知りませんでした。

でも荒川静香さんがトリノオ五輪で金メダルを取った時は早朝にもかかわらず早起きをして見たものです。

その荒川静香さんを含むフィギュアスケーターの特集か何かの番組で、髙橋大輔さんの滑りを初めて見て凄く引き込まれたのを覚えています。

トリノ五輪の頃の髙橋大輔さんはまだ若かったこともあり、インタビューなどで喋っている様子は少しチャラチャラした感じに映ったのですが、氷の上に立った時のなんともいえないオーラと存在感に先ず惹かれました。

更に演技が始まると髙橋大輔さんが作り出す世界となんとも言えないオーラにますます引き込まれてしまいました。
髙橋大輔さんの演技と音楽との一体感に圧倒もされました。

その頃世間的にも、荒川静香さんのトリノオリンピックでの金メダルや浅田真央さんら女子の活躍で、フィギュアスケートへの注目が一気にアップしたように思います。

でもまだその頃は今ほど男子スケーターに人気がなく、ましてや今のように特集があるわけでもありませんでした。もちろん女子に人気があるといっても今ほどではありませんでした。

フィギュアスケート雑誌も今よりずっと少なかったです。今はいったい何冊有るのだろう?と思えるほど次々に出ています。

荒川静香さんのあと、浅田真央さんや安藤美姫さんといった人気選手に引っぱられどんどんフィギュアスケートの人気が高まってもまだ男子は2番手みたいなような扱いだったように思います。

髙橋大輔さんはそんな状況をバネにして、男子にももっと注目が向けられるように頑張ってきました。

「女子と同じ結果なら同じように紙面で扱われるように」
「女子に勝ちたい!」
という思いだったようです。

また髙橋大輔さんは常々、
「俺の演技を見てくれ!」
「このプログラムを見せたい!」
という気持ちを1番に考えていたそうです。

「そうすることで自ずと結果はついてくる。」
と言っていたと思います。

「髙橋大輔さんの演技には色気がある」とか、
「表現が豊かだ。」
等と言われています。

それには
「どうすれば格好良く見えるか?」
「どうすれば色気があるように見えるか?」
と意識して映画やテレビを見ていたりしているそうです。


だからなのでしょうか?
髙橋大輔さんの演技には何時も引き込まれていました。

そして技術でいえば髙橋大輔さんのステップは世界一のステップと評されています。

プログラム「白鳥の湖〜ヒップホップバージョン〜」は氷上の上でヒップホップのステップを踏めるのですからすごいですよね!

つい最近では「カーニバル オン アイス」のショーでアンコールがあり、その時に「月光」のステップを披露していましたが、解説の八木沼純子さんが
「恐ろしいステップ!これを踏めるのは髙橋大輔さんだけですね!!」
と言っていました。

このように髙橋大輔さんは表現もさることながら、技術に関しても申し分なく、特にステップは髙橋大輔さんの右に出る者はいないようです。

今でも、「もう試合で髙橋大輔さんの演技が見られないのか・・・。」と思うと寂しく感じます。

ですのでせめてこれからはアイスショーはもちろん、テレビやダンスショー等いろいろな分野でも活躍していって欲しいと思います。

先ずは、平昌五輪でも是非キャスターの1人として平昌五輪を盛り上げていって欲しいと思います!